前編はこちら

それではさらに中の方へ入っていきます。こちらが現在の本堂で、さすがに当時の社殿は残っていませんが

入り口の左右に置かれた狛犬は当時のもの

左右どちらにも奉納者した日本人の名前と昭和二年十月二十五日という日付が刻まれています

中も普通の台湾スタイルですが、釈迦牟尼如来と共に祀られている不動明王は当時日本から持ち込まれた二体のうち一体です(当時からここに安置されていたわけではなく、戦後移されたもの。もう一体は太魯閣渓谷に安置)


さらに面白いパネルがありました
「敗戦を迎え日本が撤収するときに持ち帰ることを許されたのは着替えと僅かな交通費のみであった。そこで貴金属を井戸へ投げ入れ、いつかこの地へ戻ったとき掘り出そうとした。あなたはこの話を信じますか?」

つまり宝の井戸というわけで、ロマンのある話です

当時のものではないと思いますが、窓に昭和板ガラスが使われているのがいいですね

寺を出て次の目的地に向かいます。一旦鳥居の前まで戻っても良かったのですが、別の道から向かいました。とてもいい景色です

最初の駅前から伸びる通りに戻り、この路地を入ります

畑の脇の小道を進んだ先にあるものは

移民村の墓地。草に埋もれているということもなく、今も手入れされている印象を受けます

手前にあるひときわ大きな墓石には「松林」の文字。今もお骨が眠っているのか、撤収時に日本へ移されたのかはわかりません

奥には小ぶりな墓石が数基

こちらは慰霊碑のような役目でしょうか、南無阿弥陀佛と彫られています

静かに手を合わせ、墓地を後にしました

ここでこの日の散策は終了して駅へ引き返します。移民村の歴史を紹介した豐田文史館という施設もあり見てみたかったのですが、訪問日時点では休業中となっていました。また日を改めて来たいと思います

帰りは違う方向から景色を見ることになるわけですが、行きは気づかなかった面白い壁アートがありました。見ての通り台鐵の復興號を描いたもので、窓をうまい具合に使っています

豐田には民宿も数軒あるようなので一泊してゆっくり歴史に触れるのも良さそうです